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第84話 獄中の王様と、膨らみ続ける「陽太ファンド」

last update publish date: 2026-10-02 06:00:25

「一条先生、今日の晩飯のサバの味噌煮、俺の分の皮の美味いとこもどうぞ!」

「先生、肩凝ってやしませんか? 極上の指圧いきますぜ!」

 雑居房の畳の上で、俺は腕組みをしてふんぞり返っていた。 右からは元地面師がうちわで風を送り、左からは元闇金の男がアルミ皿に自分のおかずをせっせと献上し
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    「一条先生、今日の晩飯のサバの味噌煮、俺の分の皮の美味いとこもどうぞ!」 「先生、肩凝ってやしませんか? 極上の指圧いきますぜ!」  雑居房の畳の上で、俺は腕組みをしてふんぞり返っていた。 右からは元地面師がうちわで風を送り、左からは元闇金の男がアルミ皿に自分のおかずをせっせと献上してくる。 「うむ。苦しゅうない。……おい熊田、お茶がぬるいぞ」 「へッ、ただいまアツアツの淹れ直してまいりますッ!」  あの百キロ超えの元広域指定暴力団幹部・熊田が、両手でやかんを持ってペコペコと頭を下げている。 この世の春。いや、この『塀の中の春』だ。  東洋石油のストップ高で、熊田の若い衆は二千万をあっという間に一億二千万円に化けさせた。 その噂はあっという間に刑務所内の裏ネットワークを駆け巡り、今や第四雑居房の連中だけでなく、隣の房の重鎮や、果ては買収された一部の刑務官までもが、俺にコッソリと甘い汁を吸わせてもらおうとすり寄ってきていた。 「先生、これが差し入

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     あれから、数年の月日が流れた。 都心の一等地に佇む諸星家の本邸。 かつては冷徹な政略結婚の舞台と囁かれていたこの屋敷の広大なプライベートガーデンには、今、あたたかな春の木漏れ日と柔らかな花の香りが満ち溢れている。 「キャハハッ! パパ、はやい! もっと、もっとぉ!」  手入れの行き届いた芝生の上で、愛らしい鈴のような笑い声を響かせているのは、今年で三歳になる私たちの愛娘――結愛(ゆあ)だ。 私譲りの艶やかな黒髪と、父親である帝と瓜二つの意志の強い漆黒の瞳を持つ我が家の小さな天使。 その結愛を高い高いと軽々と抱き上げ、端正な顔をこれ以上ないほど甘く蕩けさせているのは――。 かつて社交界や経済界から『冷酷無比なる絶対覇王』と恐れられていた男、諸星帝その人だった。いや、正確に言うと今も言われているが、とても信じられないほど、家庭で見せる顔は違う。 「どうだ結愛、楽しいか? だが、あまり激しく動くと疲れてしまうぞ。……結月、冷たいハーブティーを頼めるか?」「ええ、すぐに。ふふ、帝ったら、すっかり親バカが板についてしまわれましたわね」  ガーデンテーブルに座っていた私がクスクスと笑いながら冷たいグラスを差し出すと、帝は結愛をそっと膝の上に乗せ、少しだけ気まずそうに、けれど誇らしげに口角を上げた。「親バカで結構だ。俺と君の血を分けた、世界で一番愛らしい娘だからな。……将来、結愛に近づくくだらない虫どもは、俺が幼稚園の段階からすべて徹底的に排除してやる」「まあまあ。まだ三歳ですのに、気が早すぎますわ」「男という生き物は油断がならん。特に、口先だけで甘い言葉を吐くような無能な害虫はな。結愛には、帝王学と共に本物の男を見極める審美眼を叩き込む」 相変わらずの過保護っぷりに、私は思わず噴き出してしまう。 かつて私を陥れようとした一条陽太や鷹司華音といった害虫たちの影は、今の私たちの生活には一微塵も残っていない。 一条陽太は保釈取り消しと実刑判決を受け、今も冷たい刑務所の塀の中で服役中だ。出所したところで実家の一条グループは破産して跡形もなく、前世の記憶を喚き散らす男に手を差し伸べる者など世界中どこにもいない。 鷹司華音もまた、実家から完全に勘当されて社交界から永久追放され、地方の片隅で名前を変えてひっそりと暮らしていると聞く。 悪意も、裏切りも、かつて私を縛

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    「帝……」 胸の奥がじんわりと熱く満たされていく。 すべてを察した上で、あえて踏み込まず、ただ現在の私を丸ごと包み込んでくれる深い器量と愛。 前世で私が渇望し、決して手に入らなかった本物の温もりが、今こうして私を抱きしめている。「ありがとう、帝」 私は彼の首元に顔を埋め、柔らかな髪に指を滑らせた。「私を選んでくださって、本当に嬉しいですわ。……あなたに出逢えて、あなたに愛されて、私は世界で一番幸せです」「……ずるいな」 帝は低く掠れた声で呟くと、私の顎をすくい上げ、待ちきれないとばかりに唇を塞いできた。 先ほどまでの慈しむような優しさは影を潜め、私を骨の髄まで貪り尽くすような、激しく濃密な熱情。 唇を割って滑り込んでくる熱い舌先に、思考が心地よく蕩けていく。「ん……ぁ……帝……っ」「世界一幸せだと? そんな生ぬるいもので終わらせる気はない。君が俺以外の男や過去の記憶など思い出す暇もないほど……一生、俺の愛で狂わせてやる」 独善的で、傲慢で、けれどたまらなく甘い愛の告白。 帝は私を軽々と抱き上げると、リビングの奥、夜景が一望できる広大なキングサイズベッドへとゆっくりと私を沈めた。 シーツに散らばる私の黒髪を愛おしそう

  • 死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない   第7話 帝登場

     それどころか、前世の一条グループじゃ逆立ちしても手が届かなかった財界のドン・武藤会長に自分からすり寄って、なんかクソ難しそうな半導体の話をして、あっという間に気に入られてやがる。 俺にわからねえ話で盛り上がるなんて……生意気だ!「おい、ふざけんなよ……! なんであいつ、俺をあんなゴミを見るような目で見たんだよ……っ!?」

  • 死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない   第6話 記憶のある男 Side:一条陽太

    「な、んでだよ……っ!!」 俺は、武藤会長を連れて女王様みたいに華やかに去っていく白峰結月の後ろ姿を、ただ口を開けて見つめることしかできなかった。 驚きとパニックに、名刺入れを握る指先がみっともなくガタガタと震える。 周囲の連中が「何だあいつ?」と俺をクスクス笑っている気配がして、顔がカッと熱くなった。 おかしい。こんなの絶対におかしい!

  • 死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない   第5話 極上の人生、第一歩

     その困ったような笑顔。前世で私の心をいとも簡単に溶かしたあの顔。 不思議だった。あれほど焦がれた表情を前にしているのに、私の心は凍った湖のように静かだった。 手を伸ばして彼に武藤を紹介し、二言三言の助言を与えれば、彼はすぐに息を吹き返す。そしてまた、あの幸福で——その実、破滅へと続く十年が始まるのだ。 私はゆっくりと微笑んだ。  前世の私なら、ここで罪悪感に押し潰されていただろう。困っている人を見捨てる冷たい女だと、自分を責めたはずだ。けれど私を無情に切り捨てた男のために、これ以上、自分の優しさを安売りするのは——終わりにする。「ごめんなさい。人違いだと思いますわ」「えっ……

  • 死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない   第4話 選択

     シャンデリアの光の下で、若き日の一条陽太は、滑稽なほど浮いていた。 仕立ての悪いスーツ。借り物のような笑顔。名刺入れを握りしめる指先は、誰の目にも分かるほど強張っている。この華やかな会場にいる誰もが、彼を「場違いな田舎者」として、視界の端で処理していた。 二十二歳の陽太。まだ、何者でもない。これから十年をかけて私を喰い尽くす牙も、初恋の女に狂って身を滅ぼす弱さも、その内側にすべて眠らせたまま、彼はただ、必死だった。 前世の私は、その姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。磨けば光る原石だと、本気で信じた。そして、光らせてやれるのは自分だけだと——思い上がっていた。 今なら分かる。私が惹

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